前回の記事では、1953年の「日章丸事件」について取り上げました。
日章丸事件とは、出光の第二世日章丸がイランから石油を積み、日本へ戻ってきた出来事です。
一隻のタンカーが石油を運んだ。
そう聞くだけなら、単なる輸送の話に聞こえるかもしれません。
しかし当時、イランの石油をめぐって国際的な対立があり、イラン産石油を取引することには大きなリスクがありました。その中で出光は、自分たちで判断し、自分たちで責任を引き受け、道を切り開こうとしました。
では、なぜ出光はそのようなことができたのでしょうか。
今回は、日章丸事件を可能にした出光の組織のあり方について考えてみたいと思います。
前回の記事はこちらです。
日章丸事件とは何だったのか
大胆な決断だけでは、船は動かない
日章丸事件は、よく「出光の大胆な挑戦」として語られます。
もちろん、それは間違いではありません。
しかし、大胆さだけでタンカーは動きません。
必要なのは、正確な情報です。現地との交渉です。法律や国際情勢を読み解く力です。船を安全に動かす技術です。そして、最終的な責任を引き受ける覚悟です。
つまり、日章丸事件は一人の英雄だけで成し遂げられた出来事ではありません。
本社で判断する人がいて、現地で交渉する人がいて、船を動かす人がいて、それぞれが自分の持ち場で責任を果たしたからこそ実現した出来事です。
ここに、出光という会社の強さがあったのだと思います。
出光佐三の「人間尊重」
出光の創業者である出光佐三は、「人間尊重」という考え方を大切にした人物として知られています。
人を単なる労働力として扱うのではなく、一人ひとりを信じ、仕事を任せ、責任ある存在として見る。
これは簡単なようで、実際には非常に難しいことです。
人を信じて任せるということは、任せる側にも覚悟が必要です。任せた相手が失敗するかもしれない。期待通りに動けないかもしれない。判断を誤るかもしれない。
それでも、任せなければ人は育ちません。
すべてを本部が決め、現場がただ従うだけの組織では、一定の安定は得られるかもしれません。しかし、不確実な状況に直面したとき、現場で判断し、動ける人材は育ちにくくなります。
出光の強さは、ただ命令系統があったことではなく、人を信じて任せる文化を作ろうとしたところにあったのではないでしょうか。
「任せる」と「放任」は違う
ただし、ここで誤解してはいけないことがあります。
任せることと、放任することは違います。
「現場に任せたのだから、あとは知らない」
「担当者が判断したのだから、本部に責任はない」
「失敗したら、その人の責任で終わり」
これは、本当の意味で任せているとは言えません。
本当に任せるためには、任せられる状態を作る必要があります。
判断するための情報を渡すこと。守るべき基準を共有すること。困ったときに相談できる仕組みを作ること。失敗したときに、立て直せる余地を残すこと。そして、任せた側も最終的な責任から逃げないこと。
これがなければ、権限移譲はただの責任転嫁になってしまいます。
出光のすごさは、「現場に任せたこと」だけではありません。任せられる人材を育て、任せるための思想を持ち、責任を引き受ける組織を作ろうとしたことにあります。
分業の時代だからこそ、全体を見る力が必要になる
現代の社会では、分業が進んでいます。
授業をする人。事務をする人。電話対応をする人。営業をする人。クレーム対応をする人。専門科目を教える人。マネジメントをする人。
それぞれの仕事を専門化することには、大きな意味があります。専門性が高まれば、仕事の精度も上がります。効率もよくなります。
しかし、分業が進みすぎると、全体を見る力が弱くなることがあります。
自分の仕事だけを見て、前後の流れが見えなくなる。自分の担当だけを守り、組織全体の目的が見えなくなる。誰かが決めてくれるのを待つようになる。
これでは、予想外の状況に対応できません。
日章丸事件のような出来事では、専門性だけではなく、全体を見て判断する力が必要だったはずです。
石油を買う。船を動かす。国際情勢を読む。法律上のリスクを考える。乗組員の安全を守る。日本で待つ人々の生活を考える。
それぞれの専門がつながって、初めて大きな仕事になります。
これは、現代の仕事にも、教育にも通じる話です。
責任感は、教え込むものではなく育てるもの
では、責任感のある人材はどう育つのでしょうか。
「責任感を持ちなさい」と言うだけでは、人は責任感を持てません。
責任感は、言葉で押しつけるものではなく、経験の中で育つものです。
小さな仕事を任される。自分で考える。失敗する。振り返る。もう一度挑戦する。少し大きな仕事を任される。
この繰り返しの中で、人は少しずつ責任を引き受けられるようになります。
最初から大きな責任を背負わせればよいわけではありません。いきなり「命をかけて働け」というような話では、教育ではなく、ただの無理強いです。
大切なのは、その人の成長段階に応じて、任せる範囲を少しずつ広げていくことです。
子どもたちの勉強も同じです。
最初は、宿題をやる。次に、自分で計画を立てる。その次に、テストまでの勉強を逆算する。さらに、自分の弱点を分析する。そして、将来の進路を自分で考える。
このように、少しずつ自分で判断する範囲を広げていくことで、子どもたちは「自分の学び」を引き受けられるようになります。
良い高校、良い大学の先にある問い
もちろん、良い高校を目指すこと、良い大学を目指すことには意味があります。
努力する目標があることは、子どもたちを成長させます。入試に向けて勉強する過程で、知識だけでなく、計画力、忍耐力、集中力も育ちます。
しかし、そこで終わってはいけないとも思います。
良い高校に入ったあと、どうするのか。良い大学に入ったあと、何を学ぶのか。良い会社に入ったあと、どのように働くのか。自分は、どのように社会と関わっていくのか。
ここまで考えることが、本当の意味での進路指導につながるのではないでしょうか。
勉強は、ただ点数を取るためだけのものではありません。
社会を知るため。自分の可能性を広げるため。自分の仕事を見つけるため。誰かの役に立つ力を身につけるため。
そのように考えると、歴史やニュースも、単なる知識ではなくなります。
日章丸事件が今も問いかけるもの
日章丸事件は、70年以上前の出来事です。
しかし、そこにある問いは今も古びていません。
人をどう育てるのか。仕事をどう任せるのか。責任をどう引き受けるのか。組織は、困難な状況でどう判断するのか。一人ひとりは、自分の仕事にどう向き合うのか。
これらは、現代の企業にも、学校にも、家庭にも通じる問いです。
出光の歴史を学ぶ意味は、昔の企業を称えることだけではありません。
そこから、今の私たちの働き方や学び方を考えることにあります。
学ぶとは、社会と自分をつなげること
子どもたちには、知識をただ覚えるだけでなく、その知識を社会とつなげてほしいと思います。
石油の話は、地理につながります。イランの話は、歴史や国際情勢につながります。企業の判断は、公共や政治経済につながります。責任感の話は、将来の仕事や生き方につながります。
一つの出来事を深く見ていくと、いくつもの教科やテーマがつながっていきます。
これが、本当の意味での学びです。
日章丸事件を学ぶことは、単に「1953年にこういう出来事があった」と覚えることではありません。
その出来事を通して、社会の仕組みを知り、自分の将来を考えることです。
次回予告
今回は、日章丸事件を可能にした出光の組織のあり方、特に「人を信じて任せる」という考え方について考えました。
次回は、もう少し教育の話に寄せて、「責任感のある人をどう育てるのか」「子どもたちにどのように任せていくのか」というテーマで考えてみたいと思います。
出典・参考資料
- 出光タンカー株式会社「出光タンカーの歩み」
https://www.idemitsu.com/jp/tanker/company/history.html - 出光興産株式会社「創業者 出光佐三」
https://www.idemitsu.com/jp/company/founder/index.html - 国際司法裁判所「Anglo-Iranian Oil Co. (United Kingdom v. Iran)”
https://www.icj-cij.org/case/16 - 講談社『海賊とよばれた男 上』(百田尚樹)
https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000187323 - 講談社『海賊とよばれた男 下』(百田尚樹)
https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000187324
※『海賊とよばれた男』は出光佐三をモデルにした小説であり、史実そのものとは区別して参照しています。




